我流追忍随筆録

□ たま~に仕出かすこともある □

ご当地ソフトは仕出かしきれなかった(四国の道の旅・14 - 完)

 旅につきもののご当地ソフトについて、最後にまとめて語らせていただきます。
 初日(4日)の昼食をいただいた「しまなみ宝船」さんに、「伊予柑ソフト」がありました。が、「今日はソフトクリームはやってないんです…」とのことで、食すことはできませんでした。
 帰宅後ネットで調べましたところ、「伊予柑ソフト」は松山市内の観光スポット(松山城など)でも販売されているとのことです。
 同日、大山祇神社近くのお店には、「伯方の塩ソフト」がありました。が、発見したのが遅く、購入する時間がなくなってしまい、断念しました。今治市内を中心に、お土産屋さんなどに「伯方の塩ソフト」の貼り紙を見かけましたので、こちらもリベンジ購入しやすいと思われます。
 旅程中日(5日)は、移動途中の休憩で立ち寄った宿毛地区のお店(店名を失念しました:失敬)に、「米ソフト」の表記を見つけました。高知の米所で、名菓にもお米が使われているそうですから、ぜひ食してみたかったのですが、やはり時間に追われ、遭遇できませんでした…orz。
 最終日(6日)は、まず徳島県の祖谷渓大歩危にて、「鳴門金時焼き芋アイス」をいただきました。
鳴門金時焼き芋アイス@大歩危
 ソフトクリームに練り込んだものではなく、アイスクリームとして作られているものではありますが、「ここだけ」という品とのことです。通常のアイスクリームの中に、サツマイモの繊維も含まれているのが、舌触りで判ります。また、サツマイモの甘みがクリームに加わり、甘栗の味わいのような、ほっこりとした甘さに仕上げてくれていました。
 その後、香川県の金刀比羅宮の門前、昼食をいただいたお店にて「和三盆ソフト」をいただきました。
和三盆ソフト@香川県高松市
 高松市は讃岐うどんだけでなく、和菓子の街でもあるのだそうです。お世話になったお店では、和三盆を用いた和菓子作りの体験もできるとのこと。それに因んだ、ご当地ソフトです。コーヒー味かと思うようなコクのある甘みですが、くどくはありません。ややジェラートっぽい舌触りも含めて、和三盆ならではの味わいなのだと思いました。
 再び徳島県に移動した後、鳴門公園内のお土産屋さんにて「鳴門海峡のわかめソフト」を発見しました。ですが、購入のタイミングを逸してしまい、食せず終いになりました。帰宅後ネットで調べましたところ、「緑色かかったソフトクリームで、バニラよりもワカメの風味が前に出ている」とありました。「旅程を遅らせて多くの他人に迷惑をかけてでも食すべきだった…orz」「いやいや、あかんやろ、迷惑をかけちゃ(忍べんし)」と、心の中で自分自身と葛藤したのは言うまでもありません。
 もうご当地ソフトは打ち止めかと思いきや、淡路島内の淡路SAにて「琵琶ソフト」を見つけました。
琵琶ソフト@淡路SA(?)
 淡路島の名産は、野菜は玉葱、果実は琵琶だからだそうです。琵琶の香りと甘さが出しゃばりすぎず、けれどフルーティな味わいがちゃんとある美味なソフトクリームでした。
(ご当地ソフトの売り込み方にも違いがあったな…)
 愛媛県内はご当地ソフトの表記は多く見かけましたが、積極的に売り込む感じではありませんでした(正月三ヶ日が明けたばかりだったからかもしれません)。高知県内では、ご当地ソフトの表記を見かけることが少なかったです。
 それに対し、香川県では売れると気づくや否や呼び込みに「当店だけの和三盆ソフトも食べてみてください」が加わりましたし、徳島県では最初から「鳴門海峡ならでは! わかめソフトもあるよ~!」と勢いよく勧めておられました。もっとも、お世話になったお店だけの特徴かもしれませんが…。
(でも、地形も関係あるかもしれないなぁ)
 瀬戸内海に橋が架かる前から、阿波(徳島県)は淡路を経て訪れる人達が多かったと思われます。それこそ、土佐へ下った皇族・貴族も通ったでしょうし、戦国の頃には織田信長に敗れた三好氏が近畿を去り、淡路・阿波へと逃れたぐらいですから。ちなみに、三好氏の生き残りはその後、讃岐に所領を移されたそうです。
(四国東部は、昔から常に畿内を意識している地域だったのかも)
 鳴門公園で聞いた売り込みの言葉の関西っぽさに、そう思いました。

 ここまで長々とレポートにお付き合いくださり、ありがとうございました(拝)。
 初めての四国巡りは、とても勉強になりましたし、楽しかったです。
 レポート内で何度も「瀬戸内を誰もが容易に渡れるようにすることは、四国の人達の悲願だった」と述べました。が、もう1つ、書き忘れてはいけないことがあります。
「そこに海と山があることへの恨み言を、私は3日間で一度も聞きませんでした。むしろ、山と海の美しさと恵みの多さについて、誇らし気に話されるのを楽しくうかがいました」
 悲願に対するものだけでなく、土地を愛し、自然と共栄していくことに対しても、四国の人達は諦めずに取り組み、先人達の知恵と技術を受け継ぎつつ、新しいものを加えておられました。
 当たり前のことかもしれません。ですが、その「当たり前」を忘れそうな時には、ぜひ思い出したい旅行になりました。

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Date:2012/01/20
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